
食育の第一歩
ある日、テレビを見ていたら、食育の現場を紹介する番組がありました。都会の畑の一面を借りてサツマイモを植え、子どもたちが楽しそうにイモ掘りをしています。「これが食育」と大人たちが思っているのなら、考えものです。
子どもたちにとって農業体験は、もちろん意味のあることです。とは言っても、楽しくイモ掘りをさせるだけなら、それはレクリエーションであって、農業の大切さや食の心を教えることにはなりません。
大人が子どもたちに教えるべきことは何か?もし食育の教科書があるとすれば、1ページ目に書かれるべきものは「食べることの意味」だと思います。
以前に、私が食育の講演会をした時のことです。お母さんと参加していた小学生が何人かいたので、こう尋ねてみました。「今日、朝ごはんを食べましたか?」すると、その子は「はい」と答えます。「じゃあ、なぜごはんを食べたの?」と質問すると「お腹がすいたから」といいます。「食べたごはんはどうなると思う?」と尋ねると「ウンチになる」と実に子どもらしい答えが返ってきました。
食べることの意味を教えるのはそこからです。「じゃあ、君はウンチをつくるためにごはんを食べているの?」と質問します。すると、子どもは「アレッ?違うぞ」という顔になります。そこで子どもの両手を取って、右手で私の額を、左手で机の上を触らせます。そして「どっちが温かい?」と聞くと、その子は「おでこ」と言います。体のほうが温かいことに気付いてくれたらしめたものです。「先生も今日朝ごはんを食べました。ごはんを食べると体から熱が出て温かくなり、その熱で動いたり、力を出したりができるんだよ。」
横にいた別の子がこう話してくれました。「この前、うちの犬が死んだ時、体を触ったら冷たかったサー。」私はとてもいいことを言ってくれたと思いました。「そうだね。人間も動物もごはんが食べられなくなったら、冷たくなって動けなくなるよね。みんなが走ったり、楽しく遊んだりできるのは、きちんとごはんを食べているおかげなんだよ。」
食べることの意味———それを教えることから食育は始まります。
(琉球新報 週刊レキオ 「Dr又吉の知って楽しい食育のチカラ」 H25.2.28)

子どもたちにとって農業体験は、もちろん意味のあることです。とは言っても、楽しくイモ掘りをさせるだけなら、それはレクリエーションであって、農業の大切さや食の心を教えることにはなりません。
大人が子どもたちに教えるべきことは何か?もし食育の教科書があるとすれば、1ページ目に書かれるべきものは「食べることの意味」だと思います。
以前に、私が食育の講演会をした時のことです。お母さんと参加していた小学生が何人かいたので、こう尋ねてみました。「今日、朝ごはんを食べましたか?」すると、その子は「はい」と答えます。「じゃあ、なぜごはんを食べたの?」と質問すると「お腹がすいたから」といいます。「食べたごはんはどうなると思う?」と尋ねると「ウンチになる」と実に子どもらしい答えが返ってきました。
食べることの意味を教えるのはそこからです。「じゃあ、君はウンチをつくるためにごはんを食べているの?」と質問します。すると、子どもは「アレッ?違うぞ」という顔になります。そこで子どもの両手を取って、右手で私の額を、左手で机の上を触らせます。そして「どっちが温かい?」と聞くと、その子は「おでこ」と言います。体のほうが温かいことに気付いてくれたらしめたものです。「先生も今日朝ごはんを食べました。ごはんを食べると体から熱が出て温かくなり、その熱で動いたり、力を出したりができるんだよ。」
横にいた別の子がこう話してくれました。「この前、うちの犬が死んだ時、体を触ったら冷たかったサー。」私はとてもいいことを言ってくれたと思いました。「そうだね。人間も動物もごはんが食べられなくなったら、冷たくなって動けなくなるよね。みんなが走ったり、楽しく遊んだりできるのは、きちんとごはんを食べているおかげなんだよ。」
食べることの意味———それを教えることから食育は始まります。
(琉球新報 週刊レキオ 「Dr又吉の知って楽しい食育のチカラ」 H25.2.28)

2013年03月16日 14:45
Posted by matayoshi
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